馬越を思う

午前中ディスクゴルフの練習会、思い切り体を動かす。
午後、会社より風呂焚きが貯まったとの連絡があったので貰いに行き馬越に持って行く、会社も7月で岡島工場を閉め御山に合流するとのこと、御山になったら雨に当たらず貯めておく場所が無いので風呂焚き運びももう少しか、馬越は昔ながらの五右衛門風呂、今はシイタケもやってないので薪がないので会社で原反を巻いている紙管がパルプなので丁度良い。彰が運び出してから何年貰っているのだろう、無くなったらヤイ子はどうするのだろう?
でも5〜6年分位は備蓄があるか?それにしてもヤイ子は大変だ、あの大きな家に一人で頑張って実家の先祖の仏壇・お墓を守ってくれている頭が下がる、人間の最後が必ずある、母そして彰・父・勝義・豊子・梅治みな愛おしい人たちが旅立った、苦しんで亡くなった人、コロリと亡くなった人さまざまだ、残されて生きている人も大変だ、実家もヤイ子が居なくなったら約200年18代続いた大橋家も断絶、これも時流か周りを見るとこんな家ばかりだ諦めが肝心、ヤイ子の老後心配していたけれど、貯えもまあまあだし保険も入っているので子供たちにそんなに金銭面で迷惑を掛けなくて済みそう安心だ。