兄弟会2

21日お彼岸、姉の願いで義兄の実家の墓参りで車パンクするが、親切な若者たちにタイヤ交換してもらい、泉原の利一さんと保原の利明君も駆けつけて来てくれた、車も動ける様になったが慶子から電話がこず馬越に寄るのを諦め、皆んなで馬越のお墓にお線香とお花を上げてお参りをする、その後泉原のお寺で母の実家のお墓と昨年100歳で亡くなった母の下の下の妹保原のマツ叔母のお墓にお線香と花を上げてお参りをする。泉原のお墓には花がいっぱい上がっていたが、残念ながら馬越のお墓には19日に女房と行って上げてきた花きり無かった、近くに居る慶子も美子も墓参りに来ないのかと寂しい思いである。墓参りの後泉原の母の実家に寄り従兄弟たちとまたまた楽しい思い出話に花が咲きました。4時近くになっても慶子から連絡が来ないので馬越に寄るのを諦めて今夜の宿飯坂温泉月の瀬に向かう、この前の地震で伊達橋、伊達崎橋等不通になっており少し遠回りだが今日から通れる様になった大正橋を渡って飯坂近くまで行ったら慶子から電話あり、ヤイ子施設でベットから落ち骨折の大怪我をし藤田病院に運ばれ入院したとの事、長生きするということは辛いことだ、慶子も親を看るのは大変だろうが頑張ってもらうしかない。

4時半ごろ月の瀬に着く、他の宿はなかなか取れなくてやっと取った宿だったが宿泊者少なく風呂に行っても誰も入ってなくチョットがっかり、でも料理はマアマア昨年娘達と泊まった吉川屋よりはましだった。前の日東京の姉の家で話過ぎたので今日は車をぶつけたりし、落ち込んでおり話弾まず夕飯食べて早々に寝てしまう。